2010年12月09日

阪神大震災から16年

枯れ葉.JPG 06毎日.JPG 毎日新聞2010/11/06阪神版
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震災で人生観一変


 最早あの95年の阪神大震災から16年目が来ようとしている。
 当時は阪急西宮北口の近くに住んでいた。年末年始になると思い出す。
 その震災の前日に大阪の中津で友人の演奏会に行き、ビルの谷間に輝く満月が印象的だった。
 帰宅し、晩酌をしていつもなら、そのまま炬燵でうたた寝をしてしまうが、その日に限って二階の寝室で熟睡してしまった。
 突然、寝床がドドンと浮き上がる。何が起こったのか分からない! その瞬間、部屋が左右にねじれる。ベキベキ・バキバキと激しい音と共に何かが降ってくる。
 あっ!地震だ!これが死の瞬間か? それが瞬時のはずなのにデジタル時計が超スピードで逆転して自分の人生がタイムトンネルを通過している。これが死の瞬間か?と思ったとたん、階下に頭から逆さまに布団に包まれたまま転落していた。
 はっと我に返ったら、ガス臭い! 家族の無事を確認し、ガラスの海の上を裸足で歩きながら、がれきの隙間を抜けてガスの元栓を締めに行ったら、炬燵の上に二階の床の大きな梁が落ちている。ここでうたた寝していると死んでしまっていただろう。
 バルコニーに出て見ると景色が違う。向いの二階建ての豪邸が屋根しかない。一階が潰れて平屋になっている。そこら中の家が潰れている。向こうの方で炎が上がっている。
 すぐさま両隣の安否を確認し、向いの家に向かうと屋根の隙間から手を出し「オーイ助けてくれ〜」と叫んでいる。懐中電灯を渡すと、しばらくして中から屋根を突き破る音がして穴が開いた。その穴から潜り込んでみると若夫婦と子ども二人がいて慌てふためいていた。その長女がタンスに足を挟まれて動けない。すぐに自宅に戻り、のこぎりとバールを持ってきてその子を救出した。
 階下には年寄り夫婦がいた。その階下はペシャンコ。大声で呼ぶと何処からか返事が反って来る。おばあさんの返事はわりと近くから聞こえる。その声をたよりに、のこぎりで切り開きながら家の中に潜り込む。余震で揺れる。怖いなんて思っている暇はなかった。やっとおばあさんを見つけるが、腰骨を骨折しているらしいがなんとか引きずり出す。戸板に載せて安全な隣の家に運ぶ。
 しかし、おじいさんを呼ぶと遠くで返事が聞こえる。どうやら家の真ん中辺りらしい。その時に消防署員一人がが現れた。その人に「発電機をもってこい!」って叫んだ。しばらくして発電機がとどき、再び自宅に戻り電動のこぎりとチエーンソウを取ってきて、二階の床からあちこち切り開いてみるとやっと足が見えた。しかし、もう呼んでも返事がない。しかもその身体の上には十文字にどでかい家の梁が乗りかかっている。普通の家の倍位ある太い梁だ。ちゃちなチエーンソウでは歯が立たない。
 そうこうしていると、20人くらいの機動隊がやってきたので後は任せた。
通りに出たところで友人に出会った。悲壮な顔をしている。奥さんがアパートの一階で下敷きになっていると。急いで行ってみたが、二階だけが残って、一階部分は全く隙間もなく、手が付けられない。哀れな気持ちになったがどうしようもなかった。
その夜10時頃にそのおじいさんは遺体で運び出された。
 仕方なく、その日は家族六人で布団を一組だけ持って、近くの小学校に避難した。
 次の朝、自衛隊がゾロゾロとやってきた。「今ごろ来て遅いわ〜っ」て怒鳴ってやりたかった。
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2010年10月04日

椿菴(ちんあん)のあんま教室

CIMG3156.JPGMoon Light Celebration

えにし庵 感月祭2010

IMG_0684.jpgIMG_0695.JPGIMG_0759.JPGIMG_0754.JPGIMG_0734.JPG 2009の感月祭 写真クリックすると拡大


10月23日(土)満月

会場:野外能舞台併設アートスペース えにし庵

感月祭プログラム

14:00 開場

14:30 椿菴の按摩教室 講師:椿野央師(鍼灸師)

初めに合気体操をして身体をリラクゼーション、次に江戸時 代の古典あんまでお互いにほぐしあいます。

16:30 AFTERNOON LIVE

17:30 旬の恵みのお食事 杜岡 遥(フードコーディネーター)

18:30 Moon Light Session

舞音交響詩「月の調べ」 構成・演出 藤條虫丸


詳しくは以下のホムページをご覧ください。

http://www.notus.dti.ne.jp/~mushimal/2010enisikangetstusai.html


posted by 椿菴 Ching-an ちんあん at 16:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年10月01日

2010年 平成22年 庚・寅 歳の運氣 〜秋から冬にかけての気候と身体に及ぼす影響〜

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秋分 9月23日 (旧8月16日) 〜 小雪 11月22日 (旧10月17日)

 この夏は猛暑どころか極暑とも云われ、35℃以上の暑さが続いたが、秋分の日を境に急に涼しくなってきました。

 今年の運氣「三の気」5月21日〜7月23日までは

『天政布き、炎暑至る』『民の病:熱中・聾・瞑・
血溢・膿瘡・欬嘔・鼽衂・ 渇・嚔欠・喉痺・目赤く・
善く暴死す』

と云うように書いてあったのですが、梅雨の間はしっかり雨が降り、あまり暑い日はなかったように思います。

 「四の気」7月23日〜9月23日までは、

『凉 迺ち至る。炎暑 間々化し、白露 降り、民 気 加平なり。

涼しくなり、猛暑もままあるくらいと書いてある。
「三の気」の文章と入れ変わっているのではないかと思うほどです。
熱中症も多く発生し、多くの人が亡くなった(暴死)

 さて今年の秋から冬はどのような変化があるのでしょう?

この運気論が合っているなら、かなりの寒さが来るはずです。



○ 五の気は:

五の気は:客気は太陽寒水、主気は陽明燥金

秋分9月23日(旧8月16日)~小雪11月22日(旧10月17日)

甲子9月11日(旧8月4日)~甲子11月10日(旧10月5日)と云う説もあるが、上記の方が気候の変化に合っている。

陽 迺ち去り、寒 迺ち来たり、雨 迺ち降る。

主・客ともに陰気の影響で、残暑が去り、寒さがやって来て、雨がよく降る。

(主気の太陽寒水の寒さと、客気の陽明燥金は枯らす働きがある)

気門 迺ち閉ず。

気門とは腠理とか汗腺で、經脉、気血の通路。

陰で凉の気候の影響で腠理や毛穴が閉じる。

 剛木 蚤く凋む。

草木や針葉樹の剛木でさえ早く凋む。

民 寒邪を避け、君子は周密す。


この時期は特に寒くなるので、人々は寒さを防ぐ工夫をしなくてはいけない。

賢い人は窓や戸を閉じ寒邪を防ぐ方法を心得ている。
posted by 椿菴 Ching-an ちんあん at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年03月16日

2010年 平成22年 庚・寅歳の運氣

 お久しぶりの投稿です。今年は寅歳で、虎が大暴れしているのか、天候不順や地震が多い。 今年の運氣やいかに?
 詳しくは、紀元前の中国で書かれた「黄帝内經素問」運気論をごらんください。
クリックするとワードのファイルがダウンロードされます。
2010年 平成22年運氣:blog.doc
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2010年 平成22年

 
庚・寅 歳の運氣

『黄帝内經素問』「六元正氣大論篇第七十一」より抜粋

編纂、解説:皇漢医学林 椿野央師


○ 帝 曰わく 善し、少陽之政 奈何
 黄帝がおっしゃるに善し、では「少陽」が支配する歳は如何様か?
岐伯 曰く、寅・申 之紀 也
 岐伯(黄帝の御典医)がそれに答えて云うに「少陽」が支配する歳は十二支の寅歳と申歳であります。
 
少陽・太角・厥陰 壬(みずのえ)・寅 壬・申〜
少陽・太徴・厥陰 戊(つちのえ)・寅(天符)戊・申(天符)
少陽・太宮・厥陰 甲(きのえ)・寅 甲・申〜
少陽・太商・厥陰 庚(かのえ)・寅 庚・申(同正商)〜 
少陽・太羽・厥陰 丙(ひのえ)・寅 丙・申〜

○ 少陽(ショウヨウ)・太商(タイショウ)・厥陰(ケツイン)
   司天は少陽(相火)・中運は太商(金)・在泉は厥陰(風木)
 庚・寅(かのえ・とら)
   2010年は十干が庚(かのえ)・十二支が寅(とら)の歳。
 庚・申(かのえ・さる)
   庚寅の歳から30年後
  これらの全く同じ組合わせの歳は60年に一度やって来る。
 正商に同じ(セイショウ おな)
  「太商」(金)の太は大過の歳(気候が早めに来る)はずだが、司天の「少陽」(相     火)の火尅金の影響を受け、平気になるので「正商」となる。
 其の運は凉(そ ウン リョウ)
   その気候は涼しい。
 其の化は霧露(ムロ) 清切>(セイセツ)
   その気候の変化は霧や露がよく降り、切るように冷たい。
 其の変は肅殺 凋零(シュクサツ チョウレイ)
   また、その変化は草木が乾き枯れ、しなび落ちる。
 其の病は肩背 胸中(ケンハイ キョウチュウ)
   人々は、肺が病み、肩や背中、胸に病気が起こりやすい。
 太商 少羽終 少角初 太徴 少宮 
五行:   木  火  土  金  水 
五音:   角  徴  宮  商  羽
主運:初運 二運 三運 四運 終運(地気の主運は毎年変わらず)
     少角 太徴 少宮 太商 少羽
     大寒〜春分〜忙種〜処暑〜立冬
客運:初運 二運 三運 四運 終運
   太商 少羽 少角 太徴 少宮(天気の客運はその歳毎に変化する)
  この主運と客運の組み合わせによりその歳の運気が定まる。

十干の 天の五気は:甲、丙、戊、庚、壬の陽干は”太”と云い、大過。         
          乙、丁、己、辛、癸の陰干は”少”と云い、不及。
十二支の地の六気は:子、寅、辰、午、申、戌は陽支で陽年。
          丑、卯、巳、未、酉、亥は陰支で陰年。

寅歳、申歳は少陽で陽支、陽年にあたる。
太商の”太”は陽干である庚(かのえ)金運で大過となる。
凡そ此の少陽司天の政(およ  こ   ショウヨウシテン セイ ) 氣化運行(キカウンコウ) 天に先だつ
 およそこの少陽司天は大過の歳で、六気の変化や五行の運行が天の四時(四季)が通常よりも15日くらい早く訪れる。(今年は「正商に同じ」だから、その影響は緩和される)
天氣 正しく 地氣 擾(みだ)る。
 司天の気は「第三の気」主気の少陽相火、客気もまた少陽相火と合すので争い無く和して正しい。
 「終の気」主気は太陽寒水、客気は厥陰風木で陰陽の気性が異なるため、地氣は乱れる。
風迺ち暴に擧ぐ(かぜすなわ にわかに あぐ)。木偃し(きふ)、沙飛(すなと)ぶ。
 在泉が厥陰風木の化の影響で突風が吹き荒れ、木々がなぎ倒されたり、砂埃が舞い上がるようなことがある。
炎火迺ち流る。
 司天の少陽相火の影響で暑くなり、熱風が漂う。
陰行われ、陽化し、雨迺ち時に應ず。
 「二の気」の客気が太陰湿土のため陰湿の影響があり、「三の気」の客気は少陽相火の陽気の影響も受け、また「二の気」の主気が少陰君火の徳を受けて、その時に応じて雨も降る。(この文章は何文字か漏れている?)
火・木 徳同じくして、上 熒惑(ケイワク) 歳星(サイセイ)に應ず。
 司天の少陽相火と在泉の厥陰風木のその徳が合わさり、天体では火星と木星に応じる。
其の穀は丹(タン)・蒼(ソウ)。 其の政は厳。 其の令は擾(ジョウ)。
 この歳の司る穀物は「丹」(赤・火)「蒼」(青・木)。
この歳の司天・少陽相火の支配するところは「火熱」で厳しい。
その作用は「擾」乱れる。
故に風熱參わり布きて、雲物 沸騰す。
 司天の少陽相火の熱と在泉の厥陰風木の風と熱が交わり合って「雲」(気候が変化しやすい?)や万物が散乱する。
太陰 横に流る。
 司天の火が土を生じて太陰湿土の影響も受け雨も降る?(この文章は衍文か?)
寒迺ち時に至り、凉雨 並びに起こる。
 司天の少陽相火の熱が盛んなため熱が極まり、湿気を生じ(太陰湿土)ジットリ冷えるような雨が降ることもある。
民の病 寒中  外 瘡痒を發し、内 泄満を為す。
 人々が罹りやすい病気は、少陽相火の熱気が体表で盛んなため、発汗しやすく陽気が外に漏れるので、それに反して腹中は冷えやすくなる。
 体表の皮膚や肌肉は熱がこもり皮膚病になったり、内側の腹中では下痢したり腹が張ると云ったような病状が出やすい。
故に聖人 之に遇て、和して争わず。

 だから、聖人と呼ばれるようなお方は、そのような悪条件に遭遇しようとも、自然に対しても戦おうとはせず、自然と調和した生き方をする。
往復の作る、民の病 寒熱 瘧泄 聾 瞑 嘔吐 上怫 腫れて色變ず。
 勝・復 争って病を為す。
人々に起こりやすい病気は:
「寒熱」水・火が争うために発熱や悪寒が起こる。
「瘧泄」復気の寒水のために発作的に下痢が起こる。
「聾」「瞑」火熱が逆上せるために難聴や視力の衰えが起こる。
「嘔吐」胃に寒熱が入り交わり吐き気や嘔吐する。
「上怫」胸隔の気が塞がって伸びない。
「腫れる」熱が鬱して浮腫む。
「色変ず」寒の復気が陽気の巡る道を傷るために顔色が悪くなる。
○ 初の氣は:
「初の氣」:大寒:1月20日(旧12月6日)〜春分:3月21日(旧2月6日) 
冬至の後の甲子1月14日(旧11月30日)〜次の甲子3月15日(旧1月30日)と云う説も有る。
客気は少陰、主気は厥陰
昨年の丑未の歳の終の気の客気である太陰が終わり、今年の庚寅歳の客気の少陰に移り変わる。
地氣遷り、風勝ちて迺ち揺らぐ。
 主気の厥陰風木と客気の少陰君火が合わさって、万物が動揺する。
寒 迺ち去り、候 迺ち大いに温かし。
 その風と火の働きで寒さが去り、さらに司天の相火の影響で気候はおおいに暖かくなり、
草木 蚤く榮え、寒来るも殺(から)さず。
 植物も早く成長し、ときに寒さは来るが草木が枯れるほどは寒くならない。
これは初の氣のうちだけである。
温病 迺ち起こる。
 初の氣の時は従来ならば、まだ寒さが続く季節だが、客気の少陰君火の影響で「温病」が起こりやすい。
其の病:氣 上に怫し、血溢(ケツイツ) 目赤し。
欬逆 頭痛 血崩(ケツホウ) 脇満 膚腠(フソウ)の中に瘡(かさ)あり。

 その病の症状は、上の陽の部位に気が鬱滞し、熱の上逆のために鬱血や出血したり、眼が充血し、欬がこみ上げ、頭痛し、熱のために下血や不正出血し、心気が鬱し脇が張り、皮膚や肌肉の間に熱毒が停滞し皮膚病が起こる。
○ 二の気は
 二の気は:春分3月21日(旧2月6日)〜小満5月21日(旧4月8日)
甲子3月21日(旧2月6日)〜甲子5月14日(旧4月1日)
客気は太陰湿土、主気は少陰君火
火 返って鬱す。

 主気の少陰君火の上に客気の太陰湿土があるために、火が押さえられる。
白埃(ハクアイ) 四方(よも)に起こる。雲 雨府(ウフ)に趨(かけ)り。
 あちこちに白く埃が舞い上がったように霧がかかり、雲が北方の雨府に走り、湿気が多くなる。
風 湿りに勝たず、雨 迺ち零つ。
 少々の風が吹いても湿気は去らず、よく雨が降る。
民 迺ち康し。
 主気・客気は相生の火生土で争わないので、比較的に健康でいられる。
その病は:上に熱鬱(ネツウツ)す。欬逆、嘔吐、瘡(かさ) 中に発す。胸嗌(キョウエキ) 利せず、頭痛、身熱し昏4978;(コンカイ)、膿瘡(ノウソウ)す。
 罹りやすい病気は:太陰の湿気で熱を包み込む状態が起こり、上部に鬱熱し、咳き込み嘔吐したりし、内部に炎症を発し、胸や嗌のが詰まりやすく、頭痛や身体に熱がこもり、心気が混乱するようなことがあり、湿性の水を持った腫れ物が出来る。
三の気は:
三の気は:小満5月21日(旧4月8日)〜大暑7月23日(旧6月12日)
甲子5月14日(旧4月1日)〜甲子7月13日(旧6月2日)
客気は少陽相火、主気も少陽相火
天政布き、炎暑至る。
 主・客気ともに少陽相火の影響で猛暑になる。
少陽 上に臨み、雨 迺ち涯(や)む。
 主気の少陽が上の司天の少陽に臨むため、二の気からよく降っていた雨もようやく止む。
民の病:熱中・聾・瞑・血溢・膿瘡・欬嘔・鼽衂・渇・嚔欠・喉痺・目赤く・善く暴死す。
 人々の病気は:火熱のために暑さ中り、難聴、眼が眩む、出血、化膿性のできもの、咳き込み嘔吐、鼻血、口渇き、クシャミやよくアクビが出る、喉の痛みや眼が充血するなどの症状が起こり、突然死するようなことも有る。
○ 四の気は:
 四の気は:客気は陽明燥金、主気は太陰湿土
大暑7月23日(旧6月12日)〜秋分9月23日(旧8月16日)   甲子:7月13日(旧6月2日)〜9月11日(旧8月4日)
凉 迺ち至る。炎暑 間々化し、白露 降り、民気 加平なり。
 主気の太陰も客気の陽明ともに陰の性質だから、涼しくなる。
本来ならば最も暑さが続く時だが、猛暑も間々あるくらい。
 露も降り、主気は太陰湿土で客気は陽明燥金で相生じる関係にあり、気候は穏やかで人々は暮らしやすい。
その病:満し、身重し。
 もし病む時は、客気の陽明燥金の邪を受けて、胸郭が満ち悶えたり、主気の太陰湿土に因る湿気が肌肉に塞がり浮腫み、身体がだるく重い症状が起こる。
○ 五の気は:
 五の気は:客気は太陽寒水、主気は陽明燥金
秋分9月23日(旧8月16日)〜小雪11月22日(旧10月17日)
甲子9月11日(旧8月4日)〜甲子11月10日(旧10月5日)
陽 迺ち去り、寒 迺ち来たり、雨 迺ち降る。
 主・客ともに陰気の影響で、残暑が去り、寒さがやって来て、雨がよく降る。
気門 迺ち閉ず。
 気門とは腠理とか汗腺で、經脉、気血の通路。
陰で凉の気候の影響で腠理や毛穴が閉じる。
剛木 蚤く凋(しぼ)む。
 草木や針葉樹の剛木でさえ早く凋む。
 民 寒邪を避け、君子は周密す。
   この時期は特に寒くなるので、人々は寒さを防ぐ工夫をしなくてはいけない。
  賢い人は窓や戸を閉じ寒邪を防ぐ方法を心得ている。
○ 終の気は:
 終の気は:客気は在泉の厥陰風木、主気は太陽寒水
小雪11月22日(旧10月17日)〜大寒1月20日頃
甲子:11月10日(旧10月5日)〜
地氣 正しく、風 迺ち至り、万物 反って生ず。霿霧(ボウム) 以て行わる。
 主気は太陽寒水で客気は厥陰風木で相生の関係だから地氣は穏やか。
在泉の厥陰風木の発生の働きで、本来は寒い時なのに草木が生長する。
厥陰風木の働きが盛んになり、陽明燥金の働きを抑え、湿気が多くなり、霧や露が発生する。
その病:関閉 禁ぜず。心痛み、陽気 藏まらずして欬す。
 人々の罹りやすい病気は:関節や孔竅(目鼻口耳などの九竅)の開閉が悪くなり、冬は閉藏の時で陽気が隠れる時なのに、厥陰風木の影響で陽気が動き収まらず、胸が痛むようなことがある。
○ 其の運氣を抑えて、勝たざる所を贊(たす)く。
 今年は大過の歳で、その大過の影響を抑えて、剋される処を助ける。
其の鬱気(ウッキ)を折(くじ)きて、先ず化源を取る。
 司天が少陽相火ならば、火尅金で「手の太陰肺經」が鬱するので、心包や三焦の火を冩し金を助ける。 また在泉が厥陰風木ならば、木剋土で「足の太陰脾經」が鬱するので、「足の厥陰肝經」を冩し、「足の太陰脾經」を補う。
暴過 生ぜず、苛疾(カシツ) 起こらず。
 以上のように対処する時には、急激な太過の邪気は受けずに、病気も起こらないであろう。
故に歳:鹹に宜しく、辛に宜しく、酸に宜し。
 その故に、塩から味の水の性質の物でで司天の相火の火を冩し、
ピリ辛味の金の性質の物で在泉の風木を冩し、
酸味で相火と風木の発散する気を収める。
これを滲(もら)し、これを泄(もら)し、これを漬(ひた)し、これを発(ハッ)す。
 火・木の鬱実を小便より滲し、大便より泄し、温泉などにつかり腠理の熱をさる。
気の寒温を観て、以て其の過を調う。
 歳気の寒温・盛衰をみて、太過を制し不及を助けて調和する。
風熱に同じき者は寒化を多くす。
 司天が少陽相火で在泉が厥陰風木の歳で、中運が太角・太徴の歳は寒化の品を多く使う(薬剤では陰気を潤す寒剤を多めに使う)
風熱に異なる者は寒化を少なくす。
 司天が少陽相火で在泉が厥陰風木の歳で、中運が太宮・太商・太羽の歳は寒化の品を少なめに使う(2010年は中運が太商の歳)
熱を用いるには熱を遠ざけ、
温を用いるには温を遠ざけ、
寒を用いるには寒を遠ざけ、
凉を用いるには凉を遠ざく。

 熱薬を用いる時には歳気の熱(この歳は司天が少陽相火の熱)を遠ざけ(避ける)
温薬を用いる時には歳気の温を避ける。
寒薬を用いる時には歳気の寒を避ける。

 「五常政大論篇第七十」に曰く:
熱を治するに、寒を以てせば、温めて之を行(や)る。
 『熱に因るものは熱を用いる』すなわち熱の症状を治すのに、寒薬を以て寒飲すれば、病熱と寒薬とが相争う。
熱には同類の温薬を以て温めて熱を下げる。(桂枝湯のように辛温剤を用いる)
寒を治するに、熱を以てせば、凉(ひや)して之をやる。
 『寒に因るものは寒を用いる』寒の症状に熱薬を使わずに、同類の凉薬を用いる。
例えば「承氣湯」の類を服用する時には多くは熱用する。
温を治するに、清を以てせば、冷して之をやる。
 熱が軽症の場合は寒薬を使うに及ばない。冷薬を以て冷飲する。
清を治するには、温を以てせば、熱して之をやる。
 冷えている時に温めるには、温薬を以て温服する。
故に之を消し、之を削り、之を吐し、之を下し、之を補い、之を冩す。久・新 法を同じくす。
 凡そ治療法は凝滞しているものはそれを消し、堅く凝っているものはこれを削り、邪が上に在るときはこれを吐かし、邪が裏に在ればこれを下し、精気が虚しているときはこれを補い、邪気が実しているときにはこれを冩法する。
 急性病でも慢性化したものでも同じように対処すれば良い。
食宜(ショクギ) 法を同じくす。これ其の道なり。
 飲食物や生活の場に於いても同じように考えればよい。これがその道理である。
假有る者はこれに反す。
これに反する者は病の階なり。

 假有る者とは、例えば、夏の暑いときに冷飲食したり冷房しすぎでよけいに暑くなり、また冬の寒いときに激辛の物や熱飲食や暖房し過ぎで発汗して逆に冷えてしまう。
 このようにその法則の反対ばかりしていると病気になる。
 帝 曰く 善し。
   黄帝はよく理解できたと申される。





参考、引用文献:「和読黄帝内經素問」小寺敏子編著(東洋医学研究) 
「黄帝内經素問諺解」岡本一抱子監修 「類経」張介賓 類註
posted by 椿菴 Ching-an ちんあん at 00:34| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

2010年01月03日

2010年 平成22年の運氣

cosmos.JPG遅咲きのコスモスhimarayan-cheree.JPG冬咲きのヒマラヤ桜sansyuyu.JPG山茱萸(この実は漢方薬の八味丸に使われる)

明けましておめでとうございます


 運気論の暦の上での新年は「冬至の後の甲子」の日、すなわち1月14日、もしくは1月20日の大寒の日から始まります。 太陰暦の正月(旧正月)は2月14日です。
 やはり季節の行事は旧暦で行うのが自然のリズムや人々の身体にも調和した生き方ではないでしょうか?
 特にのんびり屋の私に取っては1ヶ月以上早い正月は忙しく身体に堪えます。
農業にしても、一昔前までは旧暦に合わせ、何月には何々の種をまくとか農業暦が有りました。
 せめて年中行事だけでも旧暦に戻せば、人々の暮らしはもう少しゆとりを持って経済的にものんびりと暮らせるのではないでしょうか?

 さて、今年の運氣の予想を立てる前に、昨年からの運氣の続き「終の気」を見てみましょう。
 

*終の氣は:寒 大に挙がり 濕 大に化す 霜迺ち

積み 陰迺ち凝り 水堅く氷る 陽光

治まらず
 
寒に感ずるときは則ち人を病ましめて 関節禁固し

腰椎 痛む



11月22日(旧10月6日)・小雪〜1月20日(旧12月25日)・大寒
もしくは(11月15日・甲子〜1月14日・甲子)の間

終の氣:主気・客気ともに太陽寒水

主客ともに寒水が重なるため、寒さが激しくなり、司天の太陰濕土の作用が押えられてしまい霜がおり、地表は凍り付き、水は堅く氷り、日の光も陽気が乏しくなる。
人々がこの寒氣にやられるときは関節が強張り、少陰腎經や太陽膀胱經が犯され、腰や臀部の痛みが起こる。


posted by 椿菴 Ching-an ちんあん at 00:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009年10月30日

野染め in あさご その2

<芸術村とフリーマーケット&ブラスフェスタ in あさご>

at: あさご芸術の森美術館彫刻公園
*****芸術の秋の一日をあさご芸術のもりで!*****


台風9号による災害の写真展もしました。
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野染めの布のさらし
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posted by 椿菴 Ching-an ちんあん at 01:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009年10月28日

野染め in あさご

<芸術村とフリーマーケット&ブラスフェスタ in あさご>

at: あさご芸術の森美術館彫刻公園
*****芸術の秋の一日をあさご芸術のもりで!*****

 今回、3〜4年ぶりにこの”朝来のイベント”に参加した。
いつもの野染めは10mとか20mの布を張り巡らし、平面の布を染めていたが、今回は『パオ』(モンゴルのゲル)の骨組みに白い布をかぶせ、3D立体染色を行った。

< 写真をクリックすると拡大>
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『野染め』とは野原で染め物をするから「のぞめ」という。
これは元々、京都伏見で「風工房」というアトリエを主催されていた染色家の斉藤洋さんがイベントのアトラクションとしてあちこちで催されていたもの。

 斉藤洋さんは15年前の阪神淡路大震災の時に神戸の障害者の団体が主催した震災復興イベントに招待され『野染め』をされた。
 私はその時に『野染め』のレクチャーを受け、免許皆伝、のれん分けをして頂いた。 それ以来、私もにわか染色家を名乗り、あちこちのイベントに呼ばれ「野染めをしてきた。

 ちなみにこの「ゲル」の作り方は元々、大阪府高槻市に住む”イシ&ケメ”さんにレクチャーを受け、更に私が改良を重ねて作ったもの。

 この円形のドーム型のパオの中に座ると不思議に夢が広がる。モンゴルでも何処へでもひとっ飛び!!!四次元の世界が広がる。
 パオは中国語では「包む」と書く。例えば、饅頭のことを「包頭」(パオズ)という。モンゴルではこれを「ゲル」とよび、家のこと。

<友達の輪>友は友を呼ぶ!!

 <野染め>や<パオ>(ゲル)のことは改めて書くつもりです。

posted by 椿菴 Ching-an ちんあん at 01:25| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記

2009年10月05日

ちんあんの按摩教室/えにし庵 感月祭

11月3日(火曜) 文化の日

この日は是非 四条畷へお越し下さい!!

実力派アーティストによる音楽と舞踏
あんま教室や旬の恵みのお食事
飯盛山の麓の風雅な「えにし庵」で迎える満月を
五感でお楽しみください

詳しくはhttp://www.hakutaku.com/art/mlc/でご覧ください

過去のイベント風景(クリックすると写真拡大)
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2009年10月03日

五の気:9月23日(秋分)〜11月22日(小雪)の

aki-sora.JPGクリックすると画像拡大
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 今年の夏は予想通り7月から8月前半にかけ雨が多く、各地で局地的豪雨による災害が発生した、日照時間が少なかったせいか、夏野菜が不作で価格も高騰した。北海道では気温が18℃とか、イギリス辺りでは最低気温5〜6℃と云うこともあったらしい。反対にギリシャやイタリアなどでは30数℃とかの猛暑だった。
 しかし8月9日の台風9号が過ぎてからは、暦の上ではもう秋だと云うのに、本格的な夏の暑さがぶり返して来た。その頃から我家の田舎の畑でも夏の間に不作だった野菜が出来始めた。 もう10月だと云うのに暑さが続いている。
 前の「四の気」では主気が「太陰湿土」で前半が雨が多く、後半は客気の「少陽相火」の影響で熱気が盛んになるという現象か?
 さて、これからの「五の気」の影響やいかに?

*五の氣は:惨令 已に行なわれ 寒露下る。

 霜 迺ち蚤く降り、草木黄落す。
  
寒氣 體に及ぶ。 君子は周密す。  民 皮ソウを病

む。

 9月16日・甲子
 9月19日・旧8月1日(朔日)
 9月23日・旧8月5日『秋分』
 9月26日・旧8月8日(上弦)彼岸明け(王不留行の採集日)
10月 3日・旧8月15日(十五夜)中秋の名月「水始涸」天地の水気が涸れ始める。
10月 8日・旧8月20日『寒露』朝夕はやや寒気を感じ始めそろそろ秋も深まり行く
10月18日・旧9月1日「蟋ソク在戸」コウロギや虫が鳴き止み姿を隠す頃。
10月23日・旧9月6日『霜降』朝霜を見始める、秋気が去って冬の兆しあり。
10月28日・旧9月11日「しぐれが時々降る」
11月 3日・旧9月17日”文化の日”満月 カエデやツタの葉が色づき始めるころ。
11月 7日・旧9月21日『立冬』この日より冬、日あしも目立って短くなる。
11月12日・旧9月26日「地始めて凍る」寒さで大地が凍り始めるとき。
11月22日・旧10月6日『小雪』冬も進み、雪のたよりが聞かれる。

五の気:主気・客気ともに陽明燥金

主客ともに燥金の影響で殺伐の性質の金気の影響で寒露が降り、早く霜が降り、草木が紅葉しないうちに早く黄ばんで枯れてしまう。

 この「燥金」は、物を熟成させたり、物を枯らすと云う働きがある。 遅ればせの夏がやって来たのに、急に秋らしくなり、まだ青々した草木が急に冷たい露にヤラレ、紅葉する暇も無く枯れ落ちてしまうと云うことになるかも知れない。

その寒さが身体に影響しやすいが、養生の道をよく知る人は家にこもり寒さを防ぐが、余儀なく寒さを防ぐことが出来ない人や外で働く人は皮膚病になりやすい。

 秋は急に天候が変化しやすく、昼間は暑いと思って薄着していると、日暮れには急に寒くなり風邪をひいてしまったりする。
 賢い人は養生法を良よく心得ていて注意するが、無智な人や外で働いている人は寒にさらされ皮膚病にかかりやすくなる。
posted by 椿菴 Ching-an ちんあん at 02:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009年10月01日

天・地・人 三才(三災)その二

 朝来市や佐用町の災害の一ヶ月後に神戸新聞に次のような記事が出ていた。先に私が書いたブログと全く同じ内容の記事だ! すぐにこれに対してコメントを書こうと思っていたが、災害復興に追われそれどころではなかった。
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 日本中にこんなに宝の山があると云うのに、それを放ったらかしにして、南米や北米そしてアジアの森林を日本が食い尽くしている。まるでこの小さな日本がシロアリのようだ!
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8月10日夕方撮影 朝来市新井新橋 円山川
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8月14日撮影 復興中 円山川
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8月17日撮影 神子畑川上流 
戦前にフランス人の設計によって作られたアーチ型の鋳物橋
このような橋だと流木も通り抜ける。
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いつか腐って消えてしまうだろうと思って放置されていた間伐材や台風による倒木が予想外に早く流れ出てしまった。

東洋思想や東洋医学に「天地人・三才」と云う考え方がある。
  天と地と人。世界を形成する要素。宇宙間に存在する万物。三才(Wikipedia)
 人はこの地球という地上に生を受け、またお天道様の恩恵を受け生活を営んでいるが、たまにお天道様や地の神さんはお怒りになる。
 災害には天災・大雨を降らしたり、逆に干ばつがあり、また地災・地震による被害など。そしてその被害を更に拡大させるもの。それが人災ではないだろうか?

、、、古代中国の思想では人間には全て天から一生をかけて行うべき命令(天命)が与えられており、それを実行しようとする者には天から助けを受け、天命に逆らう者は必ず滅ぶと考えられている。天は人間全ての動きを見ており、悪を行うものには天罰を善を行うものには天恵を与える。その時の朝廷が悪政を行えば天はこれを自然災害の形を取って知らせ、、、(Wikipedia)
 これはただの迷信だと云って済まされないかも?
人々はその時に応じ、最大の知恵(欲を)を絞ってダムを造ったり、災害に強い町づくりをと考えるが、自然はそんなに甘いもんではないで!と神様はおっしゃるかも知れない。
 自然と闘っても無駄!自然と同化する道を選んだ方がきっと神様は喜んでくださるのではないでしょうか?
 今日もサモアやスマトラ辺りで凄い地震があった。

posted by 椿菴 Ching-an ちんあん at 01:39| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記