2010年12月09日

阪神大震災から16年

枯れ葉.JPG 06毎日.JPG 毎日新聞2010/11/06阪神版
クリックすると拡大


震災で人生観一変


 最早あの95年の阪神大震災から16年目が来ようとしている。
 当時は阪急西宮北口の近くに住んでいた。年末年始になると思い出す。
 その震災の前日に大阪の中津で友人の演奏会に行き、ビルの谷間に輝く満月が印象的だった。
 帰宅し、晩酌をしていつもなら、そのまま炬燵でうたた寝をしてしまうが、その日に限って二階の寝室で熟睡してしまった。
 突然、寝床がドドンと浮き上がる。何が起こったのか分からない! その瞬間、部屋が左右にねじれる。ベキベキ・バキバキと激しい音と共に何かが降ってくる。
 あっ!地震だ!これが死の瞬間か? それが瞬時のはずなのにデジタル時計が超スピードで逆転して自分の人生がタイムトンネルを通過している。これが死の瞬間か?と思ったとたん、階下に頭から逆さまに布団に包まれたまま転落していた。
 はっと我に返ったら、ガス臭い! 家族の無事を確認し、ガラスの海の上を裸足で歩きながら、がれきの隙間を抜けてガスの元栓を締めに行ったら、炬燵の上に二階の床の大きな梁が落ちている。ここでうたた寝していると死んでしまっていただろう。
 バルコニーに出て見ると景色が違う。向いの二階建ての豪邸が屋根しかない。一階が潰れて平屋になっている。そこら中の家が潰れている。向こうの方で炎が上がっている。
 すぐさま両隣の安否を確認し、向いの家に向かうと屋根の隙間から手を出し「オーイ助けてくれ〜」と叫んでいる。懐中電灯を渡すと、しばらくして中から屋根を突き破る音がして穴が開いた。その穴から潜り込んでみると若夫婦と子ども二人がいて慌てふためいていた。その長女がタンスに足を挟まれて動けない。すぐに自宅に戻り、のこぎりとバールを持ってきてその子を救出した。
 階下には年寄り夫婦がいた。その階下はペシャンコ。大声で呼ぶと何処からか返事が反って来る。おばあさんの返事はわりと近くから聞こえる。その声をたよりに、のこぎりで切り開きながら家の中に潜り込む。余震で揺れる。怖いなんて思っている暇はなかった。やっとおばあさんを見つけるが、腰骨を骨折しているらしいがなんとか引きずり出す。戸板に載せて安全な隣の家に運ぶ。
 しかし、おじいさんを呼ぶと遠くで返事が聞こえる。どうやら家の真ん中辺りらしい。その時に消防署員一人がが現れた。その人に「発電機をもってこい!」って叫んだ。しばらくして発電機がとどき、再び自宅に戻り電動のこぎりとチエーンソウを取ってきて、二階の床からあちこち切り開いてみるとやっと足が見えた。しかし、もう呼んでも返事がない。しかもその身体の上には十文字にどでかい家の梁が乗りかかっている。普通の家の倍位ある太い梁だ。ちゃちなチエーンソウでは歯が立たない。
 そうこうしていると、20人くらいの機動隊がやってきたので後は任せた。
通りに出たところで友人に出会った。悲壮な顔をしている。奥さんがアパートの一階で下敷きになっていると。急いで行ってみたが、二階だけが残って、一階部分は全く隙間もなく、手が付けられない。哀れな気持ちになったがどうしようもなかった。
その夜10時頃にそのおじいさんは遺体で運び出された。
 仕方なく、その日は家族六人で布団を一組だけ持って、近くの小学校に避難した。
 次の朝、自衛隊がゾロゾロとやってきた。「今ごろ来て遅いわ〜っ」て怒鳴ってやりたかった。
posted by 椿菴 Ching-an ちんあん at 01:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記